マスクで口の形が読めない
新型コロナウイルス感染症の流行で、患者さんも医療スタッフも、マスクを着用しての外来診療が常態となりました。
聴覚障害のある患者さんは、相手の口の形を見ることで、相手が自分に話しかけているかどうかを判断し、口の動きから会話内容を推測しています。
ほとんどの医療機関は、不透明な不織布のマスクを使用しています。マスク着用で口の形が読めないことは、聴覚障害のある患者さんにとって、対面外来でのコミュニケーションに大きな影響を与えています。
耳元に近づいての会話が出来ない
感染流行前の外来診療では、加齢性(老人性)難聴の患者さんに聞こえるように、医療スタッフが患者さんの耳元に近づき、低い声でゆっくりと話しかけることが良くありました。しかし現在の状況では、双方がマスクを装着していても、医療スタッフが患者さんの耳元まで近づき声を出すことは、飛沫感染防止の視点から避けたいところです。
補聴器を持たない患者さんはまだまだ多いです。対話支援用のスピーカーも市販されていますが、備えている医療機関は一部です。筆談では、時間的制約のある外来診療で、やり取りできる情報量に限りがあります。
そこで今回は、現在利用可能な技術を用いて、聴覚障害のある患者さんとの外来コミュニケーションを改善する方法について調べてみました。
診察室にインターネット接続のパソコン(マイク・カメラ付き)がある場合
文字起こし字幕合成ツール
筑波大学大学院の鈴木一平さんが開発した、文字起こし字幕合成ツールというWebページがあります。Google Chrome で下記のリンクを開き、マイクとカメラを有効にすると、マイクから入力した会話の内容が自動で文字起こしされ、パソコンの画面に表示されるものです。
https://1heisuzuki.github.io/speech-to-text-webcam-overlay/ (パソコンのGoogle Chromeのみ対応)
もともとはビデオ会議に、自身の音声字幕付き画面で参加するために開発されたWebページです。これを診察室で用いると、医療スタッフの会話の内容が、字幕としてパソコン画面に表示されるので、聴覚障害のある患者さんの外来診療にも活用することが出来ます。文字のサイズが大きくできることも利点であり、聴覚障害+視力障害のある患者さんにも対応可能です。対面だけではなくオンライン診療でも、字幕付き画面で診療することで、聴覚障害を持つ患者さんとの円滑なコミュニケーションが可能となります。
また、多言語への翻訳機能も実装されているため、外国人患者さんの外来診療において、翻訳機代わりにもなります。
Googleの音声入力を使用する
パソコンのブラウザに、Googleアカウントでログインし、Googleドキュメントを開きます。
新しいドキュメントファイルを開き、ドキュメントのフォントサイズを、患者さんが視認可能なように大きくします。
メニューバーのツールから、音声入力を選び、音声入力を有効にします。
マイクボタンをクリックし、患者さんとの会話を始めます。会話の音声が文字起こしされ、Googleドキュメントの文書作成画面に、テキストとして表示されます。
インターネット接続のスマートフォンがある場合
iPhone、Androidともに、音声入力機能を利用し、メモ帳などで会話内容を文字起こしすることが出来ます。また、アプリストアでも、音声入力を活用した様々なコミュニケーション支援アプリを使用することが可能です。
高齢者を対象とする外来診療では、アプリ画面の文字サイズを大きく出来るかどうかが、文字起こしした文章の視認性の点でポイントとなります。
ネット回線には接続できない、マイクなしのパソコンの場合
コンピューターの画面に、メモ帳やWordなどの入力画面を開き、大きめのフォントで患者さんへの会話内容をタイプします。
ある程度のタイピングのスピードは必要ですが、コンピューターの予測変換機能と組み合わせれば、紙や筆談ボードよりも多くの情報をやり取りすることが可能です。
聴覚障害のある患者さんとのコミュニケーションの未来
聞こえない、聞こえにくいということは、患者さんの外見からは判断できません。そのため、患者さんに聴覚障害があることを職員間で情報共有するための仕組み(診療録や診察券の記号表示など)がある医療機関は多いと思います。
全国的にも、「耳マーク」という、聞こえが不自由なことを表すマークがあります。診察室で患者さんに耳マークを提示されたら、上記の色々な方法を組み合わせて、マスク着用でも十分なコミュニケーションが取れるように工夫したいものです。
補聴器、人工内耳、スマートグラスなどの各種デバイスの進歩により、聴覚障害のある患者さんとの外来コミュニケーションは、これからさらに円滑でスピーディーなものになると思われます。来るべき未来に向けて、現在利用できる技術をしっかりと活用していきましょう。